東京高等裁判所 平成5年(う)417号 判決
被告人 薜寿文
〔抄 録〕
三 所論のうち、田上警察官らが被告人の返還要求にもかかわらず運転免許証を返還しなかったことが違法である、という点についてみると、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人が田上警察官らに対し運転免許証の返還を求めた時期は、同警察官らが被告人の前科照会をし、その結果、被告人には本件職務質問のあった当日からわずか約三ヶ月前の平成四年三月二六日東京地方裁判所において覚せい剤取締法違反により懲役一年六月執行猶予五年間に処せられたという前科があることが判明し、しかも、同警察官らが被告人の様子をさらに見てみると、痩せて顔も青白く覚せい剤常用者特有の風貌をしていたことから、被告人が再び覚せい剤事犯を犯しているのではないかという嫌疑を深め、さらに職務質問を続行しようと考え、被告人に対し、「覚せい剤の前科があるね。」と述べ、所持品を見せてくれるように話し掛けたその直後であること、被告人の同警察官らに対する返還要求をした状況は、被告人が突然それまでの態度を一変させ、「俺がなにをした。なんで免許証を返さないんだ。泥棒、泥棒お巡り。」と怒鳴り、同警察官から「お巡りさんが泥棒なんかする訳ない。照会が終わったらすぐ返すから。」と言われても、アクセルをふかし、免許証不携帯のまま車を発進させようとしたというものであり、被告人の右態度の急変は、かえってさらに覚せい剤事犯の嫌疑を深めさせるものであったため、同警察官らは、職務質問に引き続いて所持品検査をもする必要性があるものと判断したこと、同警察官は被告人の免許証の返還要求に対しては直ちにこれを返還するつもりはなかったとしても、いずれ返還するつもりでその旨を被告人に対しても明示していたことが認められるのであり、このように被告人の覚せい剤事犯の嫌疑が深まり職務質問に引き続いて所持品検査をもする必要性が生じていた状況下では、同警察官が被告人の返還要求に対して直ちにこれを返還しなかったとしても、直ちにこれを違法であるということはできない。そして、同警察官らは、免許証に基づく前科照会を終えている段階であるのに、被告人に対し「照会が終わったらすぐ返すから。」と説明した点については、これまでの態度を急変させ、アクセルをふかし、免許証不携帯のまま車を発進させようとした被告人に対し、職務質問を続行しようとして、被告人をなだめながら説得するために述べたことばに過ぎず、同警察官の右言辞をもって直ちにこれを違法であるということもできない。
(小泉 日比 伊藤)